第21回締約国会議(COP21)

ADPの閉幕:パリ合意のバトンはCOPへ

 今日の午後1時7分、リーフシュナイダーADP共同議長(米国)が木槌を鳴らし、約4年間続いたADPでの交渉は幕を閉じました。


写真1:ADP閉会を告げる木槌を鳴らすリーフシュナイダーADP共同議長

 もちろん、まだパリ合意ができたわけではありません。今日は、これが何を意味するのかについて解説します。

 まず、ADPとは何でしょうか。「COP21では…」などとひとまとめにされていますが、正確に言うと、5つの会合が並行して開催されています(図1参照)。気候変動枠組条約の最高意思決定機関である①締約国会議(COP)、京都議定書の最高意思決定機関である②締約国会合(CMP)があります。気候変動枠組条約と京都議定書の下、COPとCMPをサポートする機関として、③科学上及び技術上の助言に関する補助機関(SBSTA)と④実施に関する補助機関(SBI)が設置されていて、この2つの補助機関会合は年に2回開催されています(うち1回はCOPと並行開催)。


図1:気候変動枠組条約及び京都議定書の会議(出典:筆者作成)

 この2つの補助機関に加えて、COP17(ダーバン(南アフリカ)、2011年)では、気候変動枠組条約の下に、⑤強化された行動のためのダーバン・プラットフォーム特別作業部会(Ad Hoc Working Group of Durban Platform:ADP)が期間限定の補助機関として設置されました。COP21での合意が期待されている、2020年以降にすべての国が温暖化に対処するための新しい枠組みをどのようなものにするかについて議論してきたのは、このADPの場です。日本の報道では、ADPを「作業部会」としていることが多いようです。

 会議の手順は、どの会議も同じです。まず、a. 開会会合が開かれます。ここでは、議長等の選出、議題の採択(今回の会議で何について議論するかについての合意)、各議題についてどのように議論するか(非公式協議の場を設けるかなど)についての合意をします。次に、b. 非公式協議の段階に入ります。議題ごとに議論をするための小グループ(コンタクト・グループ、スピンオフ・グループなど、いろいろな種類や名前があります)が設置され、合意文書を作り上げていきます。この段階で、ブラケット(英語で括弧のことです。交渉の文脈では、合意文書に盛り込むかどうか、各国の合意ができず、保留になっている部分を意味します)なしの文書にするのが原則です。最後に、c. 閉会会合が開かれます。ここでは、b.の各小グループでの合意を全体会合で紹介し、各国に、これを今回の会合の合意としていいか、確認します。上述のように、5つの会議がありますが、最終的に締約国の意思決定をするのはCOPなので、②CMPと③~⑤の各補助機関は、それぞれの閉会会合で採択された合意をCOPに送り、COPは、各国に、これを今回のCOPの合意としていいか、確認します。

 なぜこのような手順を踏むのでしょうか?それぞれの会議の議題はたくさんあるので、200近くの国が参加する全体会合でずっと話し合うのはとても非効率です。他方、たくさんの小グループが設置され、並行して議論が進められることになるので、途上国など、少人数の代表団だと、全部の小グループ会合に参加することができず、発言する場が少なくなってしまいます。ですので、最後に、すべての国が出席する全体会合で確認をとり、必要な場合には、異議を唱えることができるようにし、各国の合意形成への参加の権利を最大限保障するように配慮がなされているのです。


写真2:「私たちの未来を括弧に入れないで」、つまり、「地球温暖化影響が少ない、よりよい未来にする実効性ある合意をCOP21でちゃんと作って欲しい」とアピールする若者NGO

 COP21の正式な開幕日は30日(月)ですが、前日29日(日)の17時から、ADPの開会会合が開催されました。これは異例のことで(通常は、COP/CMPの開会、補助機関会合の開会の順)、COP/CMPのオープニング・セレモニー、リーダーズ・フォーラム(首脳級会合)等がある中、30日から2020年以降の新しい国際枠組みに関する議論を開始し、少しでも長く議論の時間を確保したかったからのようです。

 今回のADPの議論では、コンタクト・グループとスピンオフ・グループの2つのグループが設置され、そこで議論が行われることになっていました。


写真3:ADPコンタクト・グループの様子。たくさんの人が傍聴しています。

 コンタクト・グループは、“全体会合一歩手前”のような場で、複数のテーマが関連する問題や、テキスト全体について検討する場です。オブザーバー(NGO等)に公開されますが、メディアに対しては非公開でした。参加者の安全確保の観点から、コンタクト・グループの会場に入れる人数を大幅に制限し、そこに入りきれない人のために中継を見る部屋が用意されました。昨年のCOP21でも会場に入れる人数を制限していたのですが、今回のような中継がなかったため、記事にも書いた通り、空席の目途が立つまで、部屋の外で並んでずっと待たなければなりませんでした。“中継してくれればいいのに!”と思ったので、今回の措置はありがたかったです。

 スピンオフ・グループは、設定されたテーマについて交渉する場で、今回は、COP21直前の11月20日付で公表された合意文書案の条文に沿って、スピンオフ・グループが作られました。ここで行われた議論の成果が、コンタクト・グループへ報告されます。こちらは、オブザーバーやメディアには非公開で、政府の交渉担当者のみで議論が行われました。交渉が始まってから、スピンオフ・グループの下に、さらにグループが設置され(インフォーマル・インフォーマル)、議論が行われました。


写真4:ADPコンタクト・グループの中継画面。合意文書案のどこを参照しているかと、発言者がわかるようになっていました。

 5日午前までの議論を経てできたADPの成果は、「パリ合意草案」(Draft Paris Agreement)は、添付文書Ⅰ(パリ合意案(Draft Agreement)とCOP決定案(Draft Decision)から成る)と、添付文書Ⅱ(リフレクション・ノート(添付文書Ⅰについて、自国の意見が反映されていないとする国が出した追加的な意見をまとめたもの))の2つの文書で構成されています。

 この「パリ合意草案」は、オプション(選択肢)が複数あるところもありますし、ブラケットも非常にたくさんついています(図2)。上でも述べた通り、閉会会合に送る時には、オプションもなくし、ブラケットもすべて外した合意文書にするのが基本です。しかし、事務レベルでの交渉の場である、ADPの作業時間をこれ以上延ばしても得られるものは少ないし、ここでひとつの区切りをつけることが各国の自信にもなるだろう、合意するためには政治意思が必要だから、あとは閣僚級が参加する会合に委ねよう、とADP共同議長が判断したのだろうと思います。


図2:ADPの成果文書の一部。文書番号(FCCC/ADP/2015/L.6/Rev.1)がついています(緑の下線部)。「FCCC」は気候変動枠組条約下の文書であること、「ADP」はADPの文書であること、「2015」は文書が作られた年、「L.」は全体会合に送られる成果につけられるもの、「Rev.1」は改訂版であることを意味します。オプション(赤い丸印)が複数ありますし、ブラケット(青い四角印)もたくさんついています。(出典:FCCC/ADP/2015/L.6/Rev.1を筆者が抜粋・改変した)

 約4年間の作業を締めくくる、最後のADP閉会会合が始まりました。長谷川センター長の記事にもありましたが、ここで、中国が、この合意文書の法的性質を予断しないよう、文書のタイトルを変更するように求めました。これにより、ADPの成果は、「パリ合意草案」(Draft Paris Agreement)から「パリ成果草案」(Draft Paris Outcome)へと名前が変わりましたが、この文書を採択し、COPに送ることが合意されました。

 同会合において、リーフシュナイダーADP共同議長は、各国の交渉担当者と、一緒に共同議長を務めてきたジョグラフADP共同議長(アルジェリア)の尽力に感謝しつつ、この間の交渉は、各国間の主張の隔たりを埋めるという点で著しい進展があったとし、さらに、「ADPは、今ようやく、最終行程を走り抜けることになるCOPへとバトンを渡した」と述べました。

 COPにバトンを渡したからといって、めでたしめでたし、というわけにはいきません。COPにパリ成果草案が送られることが決まった後も、多くの国が、パリ成果草案に何が盛り込まれることが重要なのかを力説していました。途上国は、気候変動枠組条約上の諸原則、特に、共通だが差異ある責任及び応能負担原則(温暖化に対処するという責任はすべての国が負うが、温暖化に対して何をするかについては、先進国と途上国では責任の重さが異なり、また各国の能力にも差異があるため、これらに応じたものにするという考え方)や衡平性原則を強調していました。1日の記事でも書いた通り、先進国にとっての今回の課題は、共通だが差異ある責任原則に基づく国のグループ分けと役割分担を乗り越えることです。2週目の交渉が困難なものになることは誰の目にも明らかです。フィゲレス条約事務局長は、各国の尽力に感謝の意を表明しつつ、2週目の交渉も頑張っていきましょう、と励ますことを忘れませんでした。

 リーフシュナイダーADP共同議長は、ADPでの作業を何とか終えて、COPにバトンを渡すことができたということ以上に感慨深そうでした。発言を聞くと、45年前、彼が北米を初めて出て、降り立ったのが、今回のCOP21会場のある街、ル・ブルジェ(パリ近郊の街)だったとのこと。なぜル・ブルジェに?と、話を聞いた時にはわからなかったのですが、知人が教えてくれました。ル・ブルジェ空港は、1974年にシャルル・ド・ゴール空港が完成するまでは、パリの主要空港のひとつだったのです。大きな大きな仕事を終えた場が、45年前に初めて降り立った地であるということで、喜びが一層大きくなっているようでした。


写真5:5日、COP21会場出口付近で見た夕暮れ

 5日の晩、COP21全体会合が開かれ、ADP共同議長から、ファビウスCOP21議長にADPの成果「パリ成果草案」(Draft Paris Outcome)が手渡されました。


写真6:ADPの成果を受け取るファビウスCOP21議長(出典:ENB

 この全体会合では、ADPの成果を受け、2週目にどのように議論を進めていくかについて、ファビウスCOP21議長から説明がありました。それについては、明日の記事で説明します。

参考資料:
・亀山康子、久保田泉、杦本友里(2015)気候変動枠組条約COP21直前!強化された行動のためのダーバン・プラットフォーム特別作業部会(ADP)2-11出張報告(https://www.nies.go.jp/social/socialnews_adp.html

文・写真(写真6をのぞく)・図:久保田 泉(国立環境研究所社会環境システム研究センター主任研究員)

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