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松山市訪問メモ(2005/6/9) プリント
 6月上旬愛媛県の環境保全協会のお招きを受けて松山市へ足を延ばした。
 
 同協会の記念講演の講師として地球温暖化の話をするためである。松山と云えば、日露戦争のときに活躍した秋山好古(陸軍)、真之(海軍)両将軍や秋山兄 弟と親交のあった俳句の松岡子規などの生い立ちを、司馬遼太郎氏が「坂の上の雲」で紹介してすっかり有名になった。もう少し古いところでは、夏目漱石の 「坊ちゃん」の舞台となったのもこの松山の尋常中学校(生徒は現在の高等学校の年令か?)であった。愛媛県の県庁所在地で、今では人口五十万を越える四国 第一の都市であるが、古い地方都市の持つ落着いた雰囲気は失われていない。
 実はこの環境保全協会が、最近愛媛県庁の指定を受けて、同県の地球温暖化防止活動推進センターとしての仕事を引受けることとなったので、記念行事として講演会を開いたのである。
 講演会の聴衆は、保全協会のメンバーである県内所在の企業の責任者の他、県庁の環境担当部局のお役人さんなども混じえて約60名、80分の予定を超過する話を熱心に聴いてもらうことが出来た。
 四国では地球温暖化防止活動推進センターが発足するのは愛媛県が最初なので、講演後の質疑の中でも、よその県ではどんな温暖化防止活動をしているのか、 教えてもらいたいといった熱心な発言もあった。また女性の出席者のひとり(西条市からの参加者だったと記憶する)から、「最近四国にも多くのコンビニエン スストアーが出現しているが、大部分がチェーン店で、建物の構造は同一規格、しかも店の回りはコンクリートの敷地だけでうるおいが全くない。会社のトップ に話をして、規格を見直し、樹を植えるなどしてもらったらどうか。」という提案があった。
 この発言については、講演の後で開かれた懇親会の席上でも幾人かの出席者から賛成のコメントが寄せられた。仮りにこの提案を東京で実行しようとすると、土地の確保など問題もあろうが、四国の都市なら十分可能ではないかなと感じた。
 環境保全協会のメンバーは、県内主要事業所(県内企業の他、大企業の支店、工場など)の責任者が多く、それぞれ本社の指示にしたがって環境対策を進めているが、「温暖化防止のための目標値は、かなりきびしい数字を割当てられている。」という人が多かった。
 愛媛県内に原子力発電所があり、電力供給はあまり心配がないように思われるが、最近は瀬戸内海に面した地域にも台風が襲来するなど、何となく気候、気象の変化を感じている様子が見受けられた。
 松山市内のホテルで一泊して、翌日松山発の飛行機で帰京したが、平常より早起きしたので、朝食前にホテルの周辺を一時間近く散歩して、市内の様子を観察 することが出来た。歩き始めたのは六時ちょっと前であったが、自動車はまだ殆ど走っていない。たまに荷物車が一台走りすぎると、あとは静寂。六時半頃にな ると市内電車(昔なつかしい路面電車)が走り始めたが、スピードは15Kmから20Km位か。停留場の間隔が短いので、動いたと思ったらすぐ止まる。近く から見ていてもゆっくりで威圧感がない。車体に松山名物「一六タルト」の大きな広告文字が書かれているが、あのスピードならお茶菓子の宣伝にはちょうどよ かろうと思って眺めていた。
とにかくこの日は松山市の中心街「一番通り」で、車による渋滞というものには殆どお目にかからなかった。
 講演の前に地元愛媛新聞から京都議定書などについて取材を受けた。若い女性記者で点字の入った名刺をもらった。
 翌日の朝刊の県内行事欄に、私へのインタビューと講演の要旨をまとめた記事が載っていた。最近はひとの話している事をよく理解しないまま不正確なことを書く記者が少なくないが、この記事は簡潔ながらよくまとまっており感心した。記者さん、今後のご活躍を祈ります。

追記: 新聞テレビの報道によれば7月3日の中国・四国地方大雨で、愛媛県でも松山市をはじめ県内各地で被害があった由。最近は瀬戸内海側にも台風が襲来すると云っておられた地元の皆さんの話など思い出しました。心からお見舞い申し上げると共に、早急な 復旧をお祈りいたします。
 
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