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(2)IPCCの設立 ―科学が政治を後押し―
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1988年には、もう一つ大きな動きがありました。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の設立です。IPCCは、政策担当者と一般の人々が、研究者
がとりまとめた地球温暖化に関する最新の科学的知見などをよりよく知ることができるように、国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)によって作
られました。
IPCCの特徴
- 政府間の会合ですが、世界有数の科学者も参加しています。
- 参加した科学者は新たな研究を行うのではなく、発表された研究成果を広く調査し、評価を行います。
- あくまでも科学的知見を基にした政策立案者への助言を目的としており、政策に対する政治的提案は行いません。
- IPCCは、1990年8月に「2100年には地球の平均気温が約3度上昇する。大気中の濃度を現在のレベルに保つには直ちに人間の活動によるCO2の排出を
60%以上削減しなければならない。」という内容の第1次評価報告書を発表しました。数百名の著名な科学者や技術専門家による綿密な検討を経て承認された
この報告書は、地球の温暖化に科学的根拠を与えるものになりました。また、その内容は政策担当者と世論の両方に大きな影響を与え、地球温暖化に関する条約
交渉に大きな影響を与えました。
- 科学的な理解の進展に対応するように、地球温暖化問題を中心に話し合う政府間の会議が1980年代後半から1990年代前半にかけて開催されるようにな
りました。1990年11月にUNEPやWMOおよびその他の国際機関の後援によってスイスで開催された第2回世界気候会議では、137カ国と1地域
(EU)による交渉及び閣僚級協議が行われ、閣僚宣言が採択されました。難航を極めた交渉の末に採択された宣言は、排出削減目標は含められなかったもの
の、後の気候変動枠組条約に組み込まれる、地球温暖化の原因をつくった先進国とそうでない途上国とを区別する共通だが差異ある責任、科学的な不確実性を、
対策をとらない理由としてはならないとする予防原則など重要な原則が含まれています。
- この時期に頻発したアメリカなどで発生した熱波や記録的な風水害、また、1985年のオゾンホールの発見などが、世論の環境問題に対する意識をますます高めることになりました。これらを受けて、1990年12月の国連総会で、気候変動枠組条約交渉会議(INC)を設置することが決議され、1992年に開催予定の地球サミットまでに条約に合意することを目指し、条約交渉が始まりました。
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