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地球温暖化問題と国際交渉 プリント

(1)フィラハ会議とトロント目標

  •  1889年にスウェーデンの科学者スバンテ・アレニウスが、CO2(二酸化炭素)の排出が地球温暖化をもたらすとすでに指摘していました。また、宮沢賢 治の小説『グスコーブドリの伝記』(1932年)にも、火山の噴火がもたらすCO2の温室効果によって冷害から農民を守ろうとする主人公の姿が描かれてい ます。(もっとも現在では、火山の噴火はCO2とともに排出される粉じんによって、太陽光線が遮られ、全体ではむしろ冷却効果のほうが大きいことがわかっ ています。)1970年代になって、地球大気系の理解が進み、以前は不明確だった地球温暖化に関する科学的知見が次第に科学者の間で広く注目されるように なりました。
  •  そして、1985年、国連環境計画(UNEP)の主催により、オーストリアのフィラハで、地球温暖化に関する初めての世界会議(フィラハ会議)が開かれ、アメリカやヨーロッパから数十名の科学者が集まり、以下のような宣言を採択しました。

    フィラハ会議で採択された宣言の内容

  • 21世紀前半における世界の気温上昇はこれまで人類が経験したことがない大幅なものになるだろう。
  • 科学者と政治家や官僚などの政策決定者は、地球温暖化を防止するための対策を協力して始めなければならない。
  •  1988年には、カナダのトロントで、40数カ国から300人以上の気候研究者、法律家、政府関係者、ビジネス関係者などが参加したいわゆるトロント会議 が先進国首脳会議(G7)閉会直後に開催され、「2005年までにCO2排出量を1988年レベルから20%削減」という具体的な数値目標を示した声明を 採択しました。この排出削減目標は、その後の京都議定書交渉の中で、海面上昇による国土の消失など地球温暖化の深刻な影響を受ける島しょ国や環境NGO(非政府組織)の主張となりました。
  •  また、この年、北アメリカを異常な干ばつが襲いました。その原因についてアメリカが航空宇宙局のジェームス・ハンセン博士が、「1980年代の暖かい気候 はたまたまではなく、地球温暖化と関係していることは99%の確率で正しい」と上院エネルギー委員会で証言しました。この証言はマスコミに大きく取り上げ られ、地球温暖化問題が大きな社会問題として扱われるきっかけとなりました。こうして、科学者に留まっていた地球温暖化に対する関心は、国際的な政治的問 題へと変化していきました。


 
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